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ケン爺の備忘録(ほぼ日?)

木っ端役人のケン爺が読んだ本と日々について、ほぼ毎日書いています。最近サボっています。

わずか五千石、小さな大大名の遣り繰り算段

ジャンル:本・雑誌 / テーマ:読んだ本 / カテゴリ:社会制度 [2017年07月05日 21時14分]
江戸時代の武士は、米本位制の崩壊の中で大変だったんですよね。

徳川の治世の時、家光の代に「大名は石高1万石以上とする」と決められた。そんな中にあって、下野の喜連川藩はなんと五千石で大名とされ、遇されていた。なぜなのか?そもそも喜連川家は足利将軍の係累であり、古河公方の流れをくむ名血であった。大名でありながら、徳川に対しては客分の処遇を受けていたのである。
さりながら、石高五千石では、藩の経済は逼迫。そのギリギリの台所を喜連川家はどのようにやりくりしていったのか。その知恵は、平成のいまにも十二分に生かすことができるものである。
●藩誕生は、女の力
●城下町は、一つの宿場町だけ!
●宿場の酒、米独占で繁盛
●お得意様は参勤交代の大名家
●将軍から小遣いをもらう術
●「権威」をお金に換えるには
●見栄の張り方にも努力が必要……などなど涙ぐましい努力の裏打ちがあったのだ。その喜連川を代表に、全国の貧乏大名たちが腐心した藩の「やりくり術」を徹底分析。武士の世の武士の生き様から学ぶ、世渡り術、節約術などは、いまでも役に立つ「生き残りの術」である。
【内容情報】(「BOOK」データベースより)
石高はわずか五千石、それなのに「格」は十万石の大大名並み。参勤交代なし、諸役なしの特別待遇の藩があった。その名は、下野の喜連川藩。しかも「御所様」と呼ばれるお殿様。名家である。さりながら石高五千石では、藩の台所は火の車…どのように遣り繰りしていったのか。その喜連川家を中心に、全国の貧乏大名たちの節約術や生き残り術を徹底分析。いまも昔も変わらぬ、生きる知恵がそこにある。

【目次】(「BOOK」データベースより)
第1章 徳川将軍家と御三家の懐具合(徳川将軍家の懐具合/御三家・水戸徳川家の財政難)/第2章 百万石から一万石まで、大名家の遣り繰り算段(大大名の貧乏暮らし/奮戦する小大名)/第3章 五千石でも十万石「格」大名、喜連川氏の正体(百万石と張り合う五千石/喜連川藩を成立させた「美貌の女城主」/だから、御所さま)/第4章 御所さまの遣り繰り算段(宿場が基幹産業/御所さまの遣り繰り/加増の機会が来た!/御所さまの共産主義/領民の暮らしと宿場を守る御所さま/全ては領民のために/頼みは養子の持参金/嵐の中で)
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ケン爺(=田舎の木端役人)

ケン爺(=田舎の木端役人)
出世に縁が薄い技術屋
それなりに資格あり
孫が大好きなジジイ

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